大規模修繕工事新聞22年7月号(No.151)
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 鉄筋の腐食につながる要因は塩分と水です。塩分と水がどれほど柱や梁に作用するかを考えて、将来の予測を「マルコフ連鎖モデル」によって行いました。 16号棟~ 20号棟の100年後は、鉛直荷重支持性能残存率(建物の自重、積載荷重などを支える力がどれだけ残っているか)が50%にまでどんどん低下していきます。耐震性能残存率に至っては100年後にはほとんどゼロに近い数値となりました。 2015年9月を起点に余命年数はどのくらいあるのか計算したところ、一番古い30号棟はあと8年という余命でした。つまり、来年に余命を迎えるのです。 建物の耐力を地震力が上回る崩壊確率に基づいて、同一性能10万棟のうちの何棟が何年後に崩壊するか計算して出した結果の平均がグラフの数値となります。 2015年時点では、3号棟は今後177年の余命がありますが、30号棟は8年しかありません。地震が来れば今でも壊れるものです。__ 建物によってばらつきがありますが、すぐに取りかからないと建物を残存させることができない状態になっています。 廃墟の保存という意味で、われわれは過去に原爆ドームで補修と補強を経験しています。しかし、廃墟を文化財として保存するための条件を満たせているかが重要になります。非常に難しい状況にあります。 公益社団法人日本コンクリート工学会が長崎市から委託を受けて、いかにして補修・補強をするかについて2年間ほど研究をしました。16号棟のケースでは、いかに水の浸入を防ぐかということで、屋内に防水層を設けようと考えました。 屋内防水と、なおかつコンクリートの欠片が落ちてくるのも阻止したいということで、柱・床にポリウレア吹付・ウレタン塗膜防水を施し、強靭に固めてしまおうということになりました。 耐震補強では、視認性、可逆性への配慮=つまり、文化財のため補強部材が見えないように配置する、鉛直荷重支持性能と耐震性能を両方確保するため室内にブレースを配置することなどを検討しました。 16号棟~ 20号棟はつながっています。号棟間の中庭部分に補強架構を設置し、鉛直ブレース、水平ブレースによって接合する提案をしました。こうした工事は16号棟だけで33カ月、費用が26.6億円かかりました。新しい建築物を造ったほうが早いはずということになっています。 最後に申し上げたいのは、軍艦島建造物は歴史的、文化的な価値があり、日本の近代産業革命を支えた生活空間・住居として重要な資産であるといえます。 研究者としてみると、寿命の終焉を迎えて自然崩壊に近い状態にあるコンクリート構造物軍は極めて希少であり、コンクリート工学の発展にとってかけがえのない存在で、恰好の教材です。 軍艦島建造物の保存活用に向けては、余命を考慮した補修・補強の実施は必要です。そのためには財源確保が最重要課題であり、多角的な経営的視点に基づき、観光・興行・寄附などの検討が必要だといえます。-5 -

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